2021年度の始まり/ Beginning of FY 2021 in Japan

4月1日、日本では新たな年度がスタートしました。桜前線が最も色濃く日本を覆う健やかな季節を迎える時期といえます。一方、激動の2020年度が終わるとともに、当年度はWith Coronaを体現する新たな年度の幕開けといえるでしょう。 2020年度は、新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の事態に陥り、非常に大きな変化を余儀なくされた1年でした。新型コロナウイルスは高齢者や基礎疾患がある方の重篤化リスクが高いこと、軽症や無症状者が無意識に他人に感染させるリスクがあることに加え、感染力や致死率が異なる変異株の出現によって、これまでの感染症に比べ、対応の判断や対策の見通しを立てること難しい状況となっています。3度の感染の波を経験した今般においても、明確な展望は見えていないように思えます。 しかしながら、緊急事態宣言が発令された1年前とは異なり、“3密の回避”や“ソーシャルディスタンスの確保””オンライン会議・授業“”テレワーク“など、私たちのライフスタイルにも大きな変化が訪れたのは言うまでもありません。私たちも「ニューノーマル」を体現すべく、自らの判断と考えで行動に移していく必要があるように思うのです。2021年度は様々な試行錯誤と挑戦を行っていくべき時期に来ていると思われます。 ニューノーマルの試行錯誤の取り組みとして、2020年10月末のDwarf Awareness Dayでは、zoomを通じて「Co-Co Life☆女子部」編集長の土井唯菜さんのトークイベントをお届けすることができました。GTA初めての企画ながら、地理的な制限を超え、日本全国から25のアクセス、延50名超の軟骨無形成症の関係者(当事者、ご家族、ご友人等)をお迎えすることができました。 そして、4月25日(日)にはテレビでお馴染みとなった西村大樹さんをお招きしてトークイベントを予定しています。 4年前、彼は日本初の軟骨無形成症を持つ当事者として、日本で初めて保健体育教師と教鞭をとるはずでした。しかし、大学卒業直前の2017年3月、突如にして就職先が白紙になってしまった。そんな悲劇のヒーローの断崖から這い上がった4年間のサクセスストーリー、そして軟骨無形成症に関わる方々へ地理的制約を受けずにお届けできるのは、ニューノーマルならではの機会といえるでしょう。 新型コロナにより失ったものも多かったかもしれませんが、withコロナだからこそ得られたものや気づかされたものも決して少なくなかったはずです。激動の年度を乗り越え、制約と挑戦を担う新年度を、切なくも新たな抱負、をもって歩んでいきたいと思うものです。 Eihaku Itooka, Representative, Glory To Acondroplasia 2021年4月2日  A new Fiscal Year has just started here in Japan on April 1st. We also have the time with cherry blossoms front is the most intense and healthy season that covers Japan. On the other hand, with the end of the turbulent FY 2020, we are going to have the beginning of a new year embodying the era, “with Corona”. In FY 2020, we were forced to make a big change due to the unprecedented situation, the spread of the new corona virus. The new coronavirus has a high risk of becoming serious in—-

保育園生活を終えて、幼児期を思い出す / Looking back Nursery school Memories after Graduation

日本では3月末日において就学年度に区切りが付きます。また、3月中下旬には卒業式・卒園式等のピークを迎えていました。一方今年度は世界的な新型コロナウイルスの感染の拡大を受けて、多くの学校・学園では卒業式の時短・入場制限など施し規模縮小しての開催、あるいは中止となりました。そのような情勢の中、我が子の通う保育園では、両親のみには同席が許可され、また1時間という非常に限られた時間でありながら幸いにして卒園式が敢行されました。このような未曾有の社会情勢であることに加え、軟骨無形成症という特別な境遇を持った子の最初のライフステージの区切りであるからこそ、幼児期が終わる大きなライフステージの区切りとして、過去に経験した様々な苦悩や葛藤、そして喜びが思い返されるものです。 In Japan, the school year begins in April and ends in March. The graduation ceremony peaked in mid to late March. On the other hand, this year, due to the worldwide spread of the new coronavirus infection, many schools have reduced the size of their graduation ceremonies, such as shortening their hours and restricting admission.Fortunately, in our nursery school, fortunately graduated kids and parents can attend, and for an hour, very limited time our graduation ceremony was held. Since it was the first life stage break of a child with the rare condition of achondroplasia, in addition to this unprecedented social situation, it reminded me of the various sufferings,—-

世界小人症啓発の日にGTA オープンピクニックを開催ました / Hold at GTA Open Picnic World Dwarfism Awarness Day

2019年10月26日、GTAのピクニックイベントを二子玉川公園で行いました。20人を超えるご家族が集まった次第です。 10月25日は、世界各国でWorld Dwarfism Awareness Dayという軟骨無形成症をはじめとした小人症の方々を広く社会知ってもらうための意識啓発を行う日とされています。従来、日本にはその流れが訪れていない中、GTAとして、ようやく日本でのきっかけを付けるべく、1日遅れとなりましたが、ピクニックの参加者間で、表題の横断幕を掲げ、手をあげてDwarfism Awareness願う写真撮影を行った次第です。国によって様々なやり方がある中、私たちは、手の平の形をGloryの”G”をイメージし掲げたものです。 海外のアクションと比べて、ほんの細やかな動きではありますが、本日のピクニックをきっかけに少しでも多くの当事者やご家族が、我が子の将来の社会参画を願い、個々人の対話において、より多くの方々の理解を得られるよう発信していければと願うものです。 Today on Oct. 26th 2019, we had the picnic event at Futagotamagawa Park Setagaya Tokyo gathering over 20 participants of families who have children with Achondroplasia. Yesterday, Oct. 25th, it is known as World Dwarfism Awareness day, an enlightenment month of dwarfism to our society. Up to now, it is not familiar here in Japan, but finally, we try to appeal as GTA by the participants of the picnic event to raise their hand holding banner of the day and to take its photo. There are lots of ways of doing but we made our style that making our shape of like “G”—-

オトベント、3年越しの実践へ / Otovent, We Finally Overcomed after 3 Years

滲出液を除去する鼻風船オトベントの存在を知ったのは実に3年前のことでした。 鼻風船、オトベント、到着/Nasal balloon Otovent arrived 【動画】滲出性中耳炎の治療にオトヴェント/movie-a treatment for otitis media with effusion 当時の息子は、度重なる滲出性中耳炎に悩み、言語の発達が遅れたものでした。 あれから3年が経過し、我が子は苦しみながらも何とかこの鼻風船をものにしたのです。 また一つ壁を超えるができました。 It was actually three years ago that I learned about the nasal balloon Otovent that can remove exudates. My son at that time was suffering from repeated exudative otitis media and the development of his language skill was delayed. Three years have passed since then, my child managed to take this nose balloon just now. We could do beyond the wall. プロセス1: 使用前に鼻をよくかんでください。(鼻水が出ているときは使用しないほうが良い) プロセス2: 片鼻を指で塞ぎ、逆側の鼻にノーズピースをしっかりとあてて、鼻から声を出すように、オトベントをゆっくりと2秒かけてふくらませる。 プロセス3: ふくらんだら2秒間止める。 映像では、練習のために両鼻での実践を投影していますが、両鼻は奥でつながっているので、どちらか片方の鼻でふくらませれば大丈夫です。 -Process 1: Please blow your nose well before use. (It is better not to use it when a runny nose comes out) -Process 2: Close a nostril with your finger, apply the—-

2018年が始まりました / 2018 has begun

去年は、年始を海外で過ごし、憧れのALPE FOUNDATIONの専門家集団に我が子を診てもらったほか、Beyond AchondroplasiaのDirector Ines Alves との再会を果たしました。実現はしなかったものの、軟骨無形成症の治療研究、各種セラピーなどを協議議論する国際会議(Achondroplasia Global Conference)の東京開催に向け各方面と調整をしていたものです。 間もなくして、本居本拠を東京の世田谷に移し、自身も医療業界への転職を果たしました。新たな私生活環境下に身を置き、大きく変化の富んだ1年となりました。 また、クリスマス・イブには自身は久方ぶり、GTAとしては初のラジオ出演も果たしました。 外部動向としては、新薬開発において先行するvosoritideは勿論、他の複数の薬の開発にマイルストーンが示されるなど、明るい進展も情報開示されてきました。 Last year I spent the New Year holidays abroad, I got my child diagnosed by expert group of ALPE Foundation and I met Director Ines Alves of Beyond Achondroplasia again. Although we did not realize our big plan, we were coordinating with various fields towards the conference of the international conference (ACHONDROPLASIA GLOBAL CONFERENCE) to consult and discuss latest research and various therapies. And then, I moved the main home to Setagaya, Tokyo, and I also made my change to the medical industry. It has become a year of great change. And  I finally had the first radio show as—-

New Year Greeting and Resolution / 新年のご挨拶と抱負

みなさま、新年あけましておめでとうございます。 「もう10日じゃないか」。そのとおりです、大変遅くなってしまいました。 お陰様でウェブサイトとしてのGTAは、3年目を経て2016年は、世界81か国、37,982アクセス、9,650人の閲覧者を得ることができたことを大変嬉しく思います。注目すべきはその閲覧者数ではなく、これまで閲覧属性のほとんどが先進国主体だったものにおいて、新たに開発途上国の閲覧が増えてきたことです。そしてこれまでの情報サイトという枠を超え、軟骨無形成症支援団体Glory To Achondroplasiaとして、2016年7月に新たなスタートを切りました。そうした試みの甲斐あって国境や個人の垣根を広げていけたものと感銘を受けています。 Dear Sirs and Madams, Happy New Year! It has been a couple of weeks since the Happy New Year started. It is the 3rd year since GTA blog started we are very happy that our wish of having 81 countries, 37,982 views and 9,650 visitors on GTA website was achieved in 2016. Another remarkable thing is how much developing countries visitors increased compared to last year. And now we have started the Support Organization for ACH “Glory to Achondroplasia” last July. I am really impressed with the expansion of our network, not only people but also internationally thanks to of countries because of our efforts.

35歳の実現すべき目標 / Set Targets at age 35

本日で35歳になりました。三十路を超えてからの5年間は目まぐるしい変化に見舞われるも軟骨無形成症を患った息子の誕生に代表されるように、変化や挑戦に富んだ人生を歩んでいるように感じます。 そして、ここ半年以内に、私たち家族においては、今まで以上に大きな変化が到来します。 この岐路において、今後の抱負や意気込みを踏まえるべく、3つの決意表明を書かせて頂きます。   Today I turned 35, I experienced a variety of changes and challenges in life, especially after Eigo’s birth with achondroplasia.

ビデオレター「きみがくれたものを語る」初めての誕生日プレゼント / “Video Letter” named “Narrate what you gave” for the First Time Birthday Present

エイゴの3歳の誕生日から、2週間が経過したのち、これまでの写真で「3」の形をリビングの床に作ってみました。姉のサエコが、誕生日ケーキの紙を数字の傍らに置いたおり、ふとあることに気付いたんです。

息子が私にくれたもの… / What Eigo gave me…

エイゴの誕生前、私は環境NGOから大手民間企業へ再転身し、地位や名誉を確固とする一方、幼い頃からの目標を見失いかけていたました。そんな私にエイゴがくれたもの。それは、従前の目標以上に、自分が貢献できる新たなフィールド”GLORY TO ACHONDROPLASIA”、そこを基盤に広がった国内外のかけがえのない先達や仲間との出会いであるといえます。そこで、立身出世にとらわれず、この病気と向かい合うという眼差しや必要な素養、決意そのものの大切さを再認識するに至りましました。 恐らく、エイゴが軟骨無形成症でなかったら、民間でノーマルな子ども2人に恵まれるごく普通の生活を送り、ごく普通の日本人としての人生を全うしていたに違いない。 エイゴがくれたものは、今の躍進の糧、財産といっても過言ではない、そう切実に感じています。 A few months before Eigo’s birth, I changed the job into a big company group from smaller Environmental NGO, and I got valid position and honor in terms of normal business man. But Acting for Environmental sustainability has been my real objective since I was a child. So it is kind of like lost my way. In the meanwhile, Eigo gave me the specials. These are two things. One is a new field ”GLORY TO ACHONDROPLASIA” that I could devote more than environmental field, and the other one is precious relationship with colleagues in Japan and overseas spread from GLORY TO ACHONDROPLASIA.  If Eigo was not with ACH, I would—-